雑居時代 ロケ地の楽しみ(9) 京王多摩川、「天重シーン」の和食屋を探す

『雑居時代』、一番好きなシーンは? と問いかけられると、第22話の「天重シーン」と答える雑居ファンは大勢いるでしょう。

和食屋の小上がり、卓に天重が2つ。十一と夏代、向かい合って座る。

十一 天重のフタを開け、「わっー、はっはっはー、たまんねいなー。デカイな、このエビ」
夏代 「稲葉先生からお便りある?」
十一 「ああ、まだ氷河のふもとの村で、シェルパ−や食料品を集めてるらしいんだ。
   出発は、早くて来月の末くらいじゃないか」
   エビ天をかじりながら、「うめー」
夏代 「行きたかったんでしょ。お気の毒ね、置いてきぼりされて」
十一 「みんな、キミのおかげさ」
夏代 「アタシの?」
十一 「あー」
夏代 「どうして?」
十一 「キミがね、先生のプロポーズに、うん、つってくんなかったからだよ」
夏代 「それがなぜ、アナタと関係があるの?」
十一 「いや、だから...いや、これはねー、あのー、つまりー」
夏代 表情を険しく、十一の天重を取り上げる。
十一 「おい、何すんだよ!」
夏代 「ハッキリ言いなさい。じゃなきゃ、お預け!」
十一 「そんな殺生な。まだ、ひと口しか食ってないじゃないか。
   腕ずくでも食うぞ、オレは」
夏代 「アタシ、先に帰るわよー」
十一 「えー」
夏代 「お勘定、大丈夫? ここの天重、高いわよー」
十一 「ああー、そ、そんなー。たのむよ、たのむよ、なっ、なっ」
夏代 「じゃー言う?」
十一 「そんなー、卑怯だよ、そういう条件は」
夏代 「さよなら! 無銭飲食でブタ箱行きよ!」
十一 「いやいや、ねえ、ねえ、ちょっと待って、いういう、いうー、いう」
夏代 「さー、話して! アタシと、どういう関係があるの?」
十一 「それがさー....言いにくいな、やっぱり」
夏代 「男らしくないわよ、やっぱり、帰る」
十一 「いやいや、ちょっと、要するにねー、あのー、先生の早とちりなんだよ。
   ボクとキミがー、あのー、お互いにー」
夏代 裏声で「えー?」
十一 「いや、どういうわけだか、気があると思い込んじまったったのさ。
   ははー、バカバカしくて、もう、お話にならない」
夏代 「やだわー、ホント?」
十一 「ははー、だからねー、気を利かせたつもりでオレを置いてったんだよ。お笑いだろ?なっ」
夏代 「う、うんー、バッカねー、先生って」
十一 「そっ、そっ、そう、クルクルパーに裏ドラ乗っけたみたい」
夏代 「精神鑑定の必要があるわよねー」
十一 「あるある。はっ、はっ、はー」
十一、夏代 お互いを見る。
十一 気まずさを打ち消すように、天重を食べ始める。
夏代 時計に目をやり、「あら、たいへんだ、もうこんな時間だわ。
   うちに帰ってゴハンの支度しなきゃ。先、帰るわ」
十一 喉をつまらせ、「うっ、うっー」
夏代 「大丈夫よ。お勘定はちゃんと払っておくから。よかったら、アタシの分もどうぞ」
夏代 立ち上がり、店から出て行く。

夏代が去った後、
十一 「脅かしやがる。食った気しねーや。
   まずかったかなー。まあ、いいや」 
   夏代の重箱を手に取り、「とにかく責任は果たさなくっちゃ」、
   「はははー、わはー、久しぶりだな」
   天重をほおばる。

「アタシと、どういう関係があるの?」と険しく、十一に攻め寄った夏代さんでしたが、十一から聞かされた理由には、不意を突かれる格好となりました。十一の「お笑いだろ?」と、二人の間の恋愛感情を、当然のように否定する言葉に、「う、うんー」と相槌を打つ夏代さん。そして二人は、そんなバカな話があるものか、と大げさに否定し、しまいには、間が悪そうにお互いを見て、腹の中を探りあうのでした。

そんな二人の微妙なやりとりが面白く描かれていて、本当に何度観ても飽きませんね。石立さん、大原さんの息の合ったやりとりも然ることながら、これも平山晃生監督のセンスの良さが光るシーンの1つだと思います。

***

ところで、この名シーンのロケ地となった店はいったいどこなのか、雑居ファンなら、是が非でも知りたいところです。残念なことに、マニアの方々のサイトでも、このシーンのロケ地については、未だ特定できていないようです。たしかに、このシーンに写された店内の様子からは手がかりが少なく、特定するのは難しいですね。

でも、そこで諦めず、以下のような推理を搾り出してみました。

推理、その1
背後に見える貼り紙に「ちらし、XX汁」というメニューが見えることから、この店は、天ぷら専門店というよりも、和食全般を扱う和食屋さんだと考えられます。十一の背後の額には「三徳不動産」という文字が見えます。この店の家主か、地元の不動産屋さんでしょう。お膳や店の内装もちょっと垢抜けないですね。そういったことから、この店は、渋谷、新宿、成城といった場所ではなく、郊外のちょっと田舎臭いところにあるのではないかと考えられます。

推理、その2
一般に、こういった飲食店を撮影に提供してもらうには、役者や制作者のツテに頼ることが多いようです。以前、第14話に登場した、そば屋「いしもり」のご主人に伺った話ですが、「撮影に貸すと、店は汚されるし、半日は閉めることになるので、商売にならない。できれば貸したくない。でも、長年の常連さんなどに頼み込まれると、断れない」とのこと。(ご主人は日活の撮影所へ出前をしていた頃から照明の藤林甲さんとお知り合いだったそうです)

そうすると、この天重シーンの和食屋さんも、同様に役者、制作者の行きつけの店と考えるのが妥当でしょう。

推理、その3
このシーンではわずかに電車の音が聞こえます。シーン冒頭から、電車が到着し、ドアが開く音が聞こえはじめ、その後しばらくして、電車のドアが閉まり、ピピーという笛と発車のベル、電車が走り始める音が聞こえます。すなわち、この店は駅のすぐ近くにあると思われます。

推理、その4
十一と夏代さんが座っていた場所は、おそらく、その店の2階だと考えられます。夏代さんが立ち上がって、去るときの映像では、夏代さんは最後に視線を下に向けています。すなわち、夏代さんの先には下りの階段がある様子が伺えます。

総合すると、この店は、
「郊外駅の近く、(店の2階で)電車が運行する音が聞こえる、役者・制作者の行きつけの和食店」ということになります。

これだけの手がかりで、ロケ地となった店を探すのは、至難の技だなーなんて、以前より考えていたのですが、京王多摩川駅近辺を訪れ、下の写真の駅横の通りを歩いていたとき、何かひらめくものを感じました。そして、「あー、ここだ」と思わず、心の中で叫びました。

ロケ地となった和食店はおそらく、この通りにあったのではないか、と思ったのです。

この商店街は、当時はまだ活気があり、「大映調布撮影所」からの役者や制作者達がこの辺りの店に来ていたことは知られています。ロケ地となった和食店が、この通りの右手の並びにあったと仮定すると、推理した条件にピッタリ会います。ちょうどその店の2階の向かいは、高架になっている京王多摩川駅ホームです。「天重シーン」で聞こえた電車を運行する音は、京王多摩川駅ホームから流れてきたものと考えられます。

写真、右手に見える瓦屋根の店は「定食屋、玉川」です。第7話で十一と稲葉先生が借金の相談をしていた定食屋さんです。また、この通りの左手、高架となっている京王多摩川駅の下は、かつて「京王クラウン街」という専門店街があり、第19話で秋枝が栗山家に電話をかけていたシーンなどに登場します。

当時は、クラウン街沿いのこの商店街は人通りがあり、飲食店も多くあったようですが、日本映画が斜陽になると同時に、どんどん活気がなくなって行きました。最近、クラウン街は駅の耐震補強工事の為、閉店・撤去されたとのこと。今では、この通りは悲しいぐらい廃れています。

それでも、まだこの通りには、競輪客相手に定食、和食屋さんが何軒か残っており、それらしい店はないものかと、探してみましたが、残念ながら、見つかりませんでした。その何軒かの残っている店の1つ、昭和30年代から営んでいるという定食屋さんのご主人に、第22話のドラマ映像の写真を見てもらいましたが、これだけでは、何とも言えない、とのこと。うーん。この京王多摩川で、40年以上も前の店が、今でも残っていると考える方が、無理があるかもしれませんね。

「天重シーン」のロケ地となった和食屋さんは、かなりの確率でこの通りにあったと勝手ながら確信している次第です。心当たりがある方がおられましたら、ご一報いただければ、幸いです。

***

最後に、京王多摩川駅近辺のロケ地・写真を紹介します。

第19話、秋枝が家に電話をかけるシーンより。
背後に「クラウン街京王多摩川」が見える。


2014年3月23日撮影。
駅の耐震工事の為、京王クラウン街は撤去されたとのこと。

第20話、マリー「ダメねー、そんなことじゃ、いつまで経ってももお嫁さんなんか貰えないわよ」

2013年12月28日、撮影。
ドラマ映像から感じられる当時の活気は無く、今ではちょっと寂しさが漂う。
桜の樹と背後の京王相模原線の高架は、今も健在。

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