『雑居時代』の源流ここにあり(4) 稲葉先生のルーツ

稲葉先生役・川崎敬三さんが今年7月に他界されていたと知ったのは、つい先日のことでした。そのちょっと前には、同じく雑居ファミリーの加藤治子さんの訃報、そして先週は、原節子さんが今年の9月に他界されていたとの報道。昭和の名優達が次々と、この世を去っていくのは寂しい限りですね。

雑居ファンとっては、気弱な稲葉先生のイメージが強い川崎敬三さんですが、50年・60年代は大映の二枚目俳優として数々の映画に出演されていました。全盛期の日本映画で鍛えられているだけに、川崎敬三さんは石立鉄男さんにも劣らない芸達者です。『雑居時代』第8話、豆餅を頬張りながら、石立鉄男さんやりとりするあたりは、ベテランの川崎敬三さんだから生まれたシーンと言えるでしょう。この二人、楽しんで芝居を競い合っているようにも見えますね。

映画『銀座っ子物語』、1961年、大映

『雑居時代』、第8話より


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13. 純平と稲葉先生
 
「稲葉先生」という役柄は、十一とライトコメディーを展開する相手役であり、夏代さんを巡っては、十一と恋敵。まず、恋敵という点に関しては、『あいつと私』にも似たような展開があったことを思い出しました。

次女・美紀のボーイフレンド、稔の兄、純平(舟木一夫さん)は冒険家。アフリカから帰って来たという設定で、第15話、16話に登場します。圭子を巡って、黒田三郎と三角関係になりますが、最後はあっさりとアフガニスタンへ旅立つのでした。この話、何だか『雑居時代』第18話、夏代さんを十一に譲り、ネパール(カラコルム)へ旅立つ稲葉先生と似ていませんか?

『あいつと私』、第15話より

上の写真は、純平が登場した際のシーン。髭や眼帯で、アフリカ帰りのたくましさを演出しています。これもどこかで観たような...そうそう、『雑居時代』最終話で帰国した稲葉先生ですね。

『あいつと私』、純平のセリフに、こんなのがありました。「東西南北、どこを見ても砂の原っぱ、地平線ばかり。まさに、人間なんてシラミよりちっぽけな存在だと思った。ましてや、こんな東京くんだりで、ゴチャゴチャ、ゴチャゴチャ大勢集まって」

稲葉先生も最終話で、こんなことを言っていましたね。

「半年もね、雄大なカラコラムの山の中にいると、少しは人間も変わるよ。そこへ行くと、日本は小せえなー。コセコセ、コセコセ」

夏代さんを巡って、十一と三角関係になる「稲葉先生」は、『あいつと私』の粕谷純平を下敷きにしたことは間違いないようですね。

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一方、十一とライトコメディーを展開する相手役としての、稲葉先生。川崎敬三さんが元々、二枚目俳優だったことを考えると、このコンビのルーツはビリーワイルダー監督の映画だとも考えられます。

かつて、松木ひろし氏は次のようなことを語っていました「顔は二枚目で芝居は三枚目、石立はボクが欲しかった役者」。石立さんの場合と同じく、相手役にも「顔は二枚目で芝居は三枚目の役者」を探し、川崎敬三さんをこの役に当てたことは、容易に想像できます。ビリーワイルダー監督の作品に『お熱いのがお好き?』(1959年)という映画がありますが、これに登場するジャック・レモンとトニー・カーチスが、 まさに「顔は二枚目で芝居は三枚目」コンビなんですね。

ビリーワイルダー監督に影響を受けた松木ひろし氏が、十一と稲葉先生のコンビを考える際に、ジャッ ク・レモンとトニー・カーチスをヒントにしたことは十分にあり得ますね。

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稲葉先生こと川崎敬三さんは、自分の死を公表しないように遺言していたそうですが、

仏壇にお線香を上げる十一。
写真から聞こえる稲葉の声、

稲葉 「トイチ! 黙っとけっていったろ」
十一 「せーんせ、週刊ドリームの神谷編集長、怒ってましたよ。『偏屈なのは昔っから変わってないねー、いつまでも、無邪気っていうか、子供みたいなところが抜けないね』ってね」
稲葉 「おい、夏代さん、元気か?」
十一 「元気過ぎて、困っちゃいます。なんせ我が家には、姉妹の家族が全員雑居してますからね。ますます、姉御ぶりを発揮してますよ」
稲葉 「相変わらずたいへんそうだなー。そこへ行くと、天国から見下ろすカラコルムは雄大だぞー」

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そんな、こんなの二人のやりとりが聞こえてきそうですね。
謹んで、川崎敬三さんのご冥福をお祈りいたします。

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