あの頃の大原麗子さん(11) 知られざる抜群の運動神経

大原麗子さんと聞けば、どのような役柄をイメージされますか?

もちろん、『雑居時代』ファンにとっては、栗山夏代、そして、夏代さんを連想させる、サントリーCMの「奥さんとも愛人ともわからぬ女性」。代表的なところでは、NHK大河、『春日局』、お福。個人的には、木下恵介監督、『新・喜びも悲しみも幾歳月』、杉本朝子役が自然体でとても気に入っています。市川崑監督、『おはん』、おかよ役は彼女が芯に持っている強さがにじみ出ていて、これにも魅力を感じます。

彼女が演じる役柄は、実に幅広い。可愛い女性、いさぎよい女性、耐える女性、強い女性。時代劇から現代劇、あらゆるタイプの女性像を演じ続けてきました。まさに「役に魂を売って、身を削って」それらの女性達を演じてきた彼女。世間一般に受け取られている「つよく、可愛く、美しく」という彼女の印象は、実は凄まじいまでの女優魂で支えられていたのだと今更ながら感じます。

ところで、見方を演出という観点に変えてみると、それらの女性像の表現には、彼女の顔の表情を多用しているように思います。家族と喜びを分かち合う表情、悲しみに耐える表情、怒りをぶちまける表情、凛とした表情、などなど、どのドラマや映画も、彼女の顔の表情をアップやバストのカットで多用しています。それに、彼女の甘ったるい独特のセリフ回しが加わって、世間に受け取られている彼女の印象というのは、どちらかと言えば静的なものになっています。初期の東映時代は、おきゃんでアクティブな役柄も多かったのですが、『春日局』に代表されるような国民的女優・大原麗子としては、例えばアクション・シーンなどには無縁な存在だと思われているのが一般的といえるでしょう。

ところが、ある日、その『春日局』を観ていた時のことですが、どの回だったか、彼女演じる「お福」が長刀を振るシーンに出会いました。クルリと長刀をさばくその彼女の動きがとても美しく、妙に印象に残りました。それまでの私の中での大原さんと云えば、静的なシーンで女性像を演じている印象が強かったため、そのようなアクション・シーンはとても新鮮な感覚だったんですね。

それ以来、実は彼女は抜群な運動神経の持ち主ではないのか、との思いを持ち続けていたのですが、それを裏付ける記事を見つけました。TBSの演出家として、大原さんの多くのドラマを手掛けてきた鴨下信一氏は、『文藝春秋』の手記で、以下のように述べています。

”めいっぱいの高さまでスタジオに組んだ、岩がごろごろしている雪の斜面を一気に転がり落ちるシーンを演じてくれたこともあります。女優さんの顔に傷を付けてはいけないとスタントを用意していたのですが、麗子さんは「私、やります」と言う。ぼくは「やめてくれ」と言ったけれど、言い出したら聞きません。出っ張っている岩が顔に当たらないように巧妙に手でよけながら、ダーッと転げ落ちてきました。見事でした。

『女たちの忠臣蔵』では、忍びこんだ吉良屋敷の二階から帯をつたって脱出する場面がありました。「やる?」と尋ねると「やる」と言います。ところが降りてきた彼女の手のひらは、皮が剥けて真っ赤に腫れあがっている。(中略)

80年代に大ヒットしたサントリーレッドのCMに、彼女が空き缶を蹴飛ばすシーンがありますが、うまいのは当たり前です。お転婆以上にお転婆なのですから。運動神経は人一倍すぐれていて、走る麗子さんを追いかけて、僕はアキレス腱を切ったことがあるくらいです。彼女ほど、実像と世間のイメージにギャップがある女優はいませんでした”

TBSドラマ『女たちの忠臣蔵』の、そのシーンです。このドラマをご覧になった方はおわかりでしょうが、帯を伝っているのはスタントではなく彼女自身です。
正しいタイトルは『忠臣蔵・女たち愛』
1987年12月放映、大原麗子さん41歳
彼女の運動能力の高さが、よくわかるのが、同じく東芝日曜劇場、『男を金にする女』。ドラマの後半、彼女演じる「おとせ」は店に押し入った盗賊を討ち捕えます。その殺陣シーンのカットです。


『男を金にする女』1990年1月放映
大原麗子さん43歳

安定感のある足腰で、刀を振る姿勢が美しい。立ち回りがシャープで彼女の運動センスの良さを感じさせます。殺陣もある程度こなす美人系女優さんはいますが、ここまで、小気味良く、キレがある動きができる人は、ちょっと思い浮かびませんね。褒め過ぎでしょうか(笑)。

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彼女が抜群な運動神経の持ち主で、アクション・シーンも得意だったとは、意外だと思われる方も多いかもしれません。ご存知の通り、彼女は28歳のときにギラン・バレーを発症し、その後も後遺症で手足のしびれを感じていたようですから、そのことを考えると、尚さら、体を張ったシーンなどというのは、無縁のようにも思えます。

一般的には「昭和の美人女優」という比較的シンプルなイメージで捉えられていた彼女ですが、調べれば調べるほど、実は複雑でいろいろな面を持っていたことに気づかされます。そんなことを発見するたびに、ますます彼女の魅力に取りつかれていくような気がします。

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