「松木ひろし」という名に思いを馳せた40年間

松木ひろし氏の名を知ったのは、いつ頃だったでしょうか。

記憶を辿ると、「作 松木ひろし」という文字がクレジットに表示されるのを、はっきりと意識したのは、『パパと呼ばないで』だったように思います。

不思議なものですね。それまで、ドラマの冒頭クレジットで「松木ひろし」という文字を何回も見ているはずなのに、あまり気にしなかった。でも、一度注目すると、クレジットに表示されるたびに、氏の名前をさらに注目するようになる。

夕方4時からのNTV系列の再放送で流されるドラマで、氏の名前をクレジットで見るたびに、「あ、このドラマもそうだったの」と呟いていたように思います。『おひかえあそばせ』や『気になる嫁さん』はもちろんのこと、松原智恵子さんが主演していた日活のドラマ、『あいつと私』、『ある日わたしは』などの脚本も、松木ひろし氏だったんですね。

そのうち、ユニオン・石立ドラマも終焉を迎え、いつしか氏の名前も私の記憶から消えかかっていましたが、1980年、『池中玄太80キロ』で、再び氏の名を見たときは、「あっ!」と心の中で叫んだのを覚えています。いつの間にか、「松木ひろし」という5文字は、私の心のどこかに深く刻まれていたのだと気づきました。

『パパと呼ばないで』から40年近く経った2012年6月3日、TBSラジオ『爆笑問題日曜サンデー』の石立鉄男さんの特集で、松木ひろし氏が生出演されました。

これには多くの人が驚愕したはずです。私と同じく「松木ひろし」という文字を、クレジットで何十回、何百回と見てきた人たちは、なんとも言えない奇妙な感覚に襲われたのではないかと思います。40年も前のドラマは長い年月の風化に耐えて残った一種の古典。そこに登場する石立さんや大原さんにしても、そして、松木ひろし氏にしても、すでに伝説化されているような気がします。松木氏のラジオ生出演は、例えるなら「歴史上の人物がタイムスリップして現れた」...まさに、そんな感じだったんですね。

松木氏は今年83歳になられますが、そのようなご高齢を感じさせない軽妙な口調でお話をされていました。そして、「石立ドラマ」は、その松木氏の気さくなトーンが、そのまま現れているのだと気づきました。

2012年6月3日、日曜日の昼下がり、この突然の「タイムスリップ」は、いつまでも、石立ドラマ・ファンや松木ファンの記憶に残ることでしょう。

***

『雑居時代』のメイン・ライターである松木ひろし氏について、もっと知りたいと思うファンは多いと思いますが、今まで、氏はあまり公の場には登場されておらず、情報は少ないようです。その中でも以下の資料は貴重です。

(1) 映人社 月刊『ドラマ』、1981年7月号、インタビュー記事「仕事場訪問」

(2) 同じく、2005年5月号、寄稿「原稿用紙三枚の脚本」

(3) 読売新聞、1976年10月17日、松木ひろし・石立鉄男 対談

(1)と(2)は、松竹・大谷図書館さんが保存しておられました。そのコピーを入手しましたので、アップします。


















コメント

人気の投稿