あの頃の大原麗子さん(10) バブル崩壊と「扱いづらい女優」

1989年、大原麗子さん42才。彼女はNHK大河ドラマ『春日局』で主演を務め、歴代視聴率第3位と押しも押されもせぬ「国民的女優」となりました。しかし、彼女のフィルモグラフィーを俯瞰してみると、この『春日局』の1989年が、彼女の女優人生の頂点だったことに気づきます。翌1990年には、10年間続いたサントリーCMが終了、ドラマ出演本数も減少傾向へ転じ、ついに、1994年、47才の頃には年間の出演作は単発ドラマ2本のみとなりました。

『炎のように』(前田忠明著)には、このあたりの様子が次のように書かれています。’芸能界というところの非情というべきか、浮き沈みの激しさは本人の努力だけで如何ともしがたいものがある。大原麗子は誰もが認める大女優であると同時に、誰もが認める「扱いづらい女優」にもなっていた’

以前、放映された特番などでも、彼女が小道具や脚本に注文をつける様を取り上げていました。確かに、当時、彼女は周囲にはそのように受け取られていたことは事実でしょう。しかし、この頃の彼女を「扱いづらい女優」というイメージで固定してしまうことに、淋しさを感じると同時に大きな疑問を抱きます。

この時期、彼女の仕事が減った理由は、当時の時代背景にも大きく関わっていたことを忘れてはなりません。日本のバブル景気は90年代に入って徐々に崩壊し、1993年ごろに深刻さを体感するようになります。スポンサーを失ったドラマ業界もコスト削減を求められ、より奇抜で刺激的なストーリーで視聴率を狙い、製作費は安くあげることに走るようになります。

この時期、彼女が「扱いづらい女優」として捉えられていた、それは見方を変えれば、役作り、ドラマ作りに最高のもの求める彼女と、当時の世相やドラマ業界の方向性との乖離だったとも考えられます。

一方、この時期の彼女を「扱いづらい女優」とは全く違う見方をしている方がいます。TBSの演出家として彼女の数々のドラマを手がけてきた鴨下信一氏です。以下、鴨下氏のコメント抜粋。
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「ぼくと麗子さんは『証明』(鴨下氏が大原さんとはじめて仕事をした1977年のドラマ)の時からとても気が合いました。彼女のことをわがままという人もいたようですが、ぼくは一度も感じたことがない。むしろ、ずいぶん無茶なことをやらせたと思います。(中略)(彼女は)言葉の感覚が非常に鋭く、台本へのアプローチも知的でした。文学の香りする役は彼女に行くことが多かった。客観的にものごとを捉え、理解ができる女優という印象は最後まで変わりませんでした」(文藝春秋、2009年10月号)

「彼女の強みは〈知性〉だったと思う。とても知的に役にアプローチする女優だった。意外だろうが結構理詰めなのである。キチンとした計算の上に設計された演技だった。第一勉強家なのである。特にあのちょっと甘ったるいせりふ回しからは想像できないほど、せりふにはうるさかった」(2009年お別れの会、弔辞)

「結婚している時も離婚した時も、芝居にまったく影響しないタイプ。感情的な芝居もうまいけど、僕には冷静な芝居をする“演技の技術者”に見えた」(アサヒ芸能、2013年3月21日号)

彼女のよき理解者であった鴨下信一氏からすれば、彼女は「扱いづらい女優」などではなく、役作りや台詞にトコトンこだわり、最高のドラマ作りを目指す盟友だったに違いありません。
TBSドラマ『忍ばずの女』より
1994年12月26日放映。大原麗子さん48歳。
鴨下信一氏とのコンビで最後のドラマとなったのが、1994年の『忍ばずの女』です。冒頭で述べたように、この年彼女が出演したドラマ2本のうちの1本がこのドラマです。

あらためて、このドラマの録画を観てみましたが、彼女のセリフ回し、表情、動き、全てが、まさに「キチンとした計算の上に設計された演技」であることが感じ取れました。彼女の代表作の1つといってもいいと思います。また、高峰秀子さんの脚本も素晴らしく、大原さんの演技にしっくりと馴染んで書かれています(おそらく、彼女は高峰秀子さんと台詞を入念に調整していったものと想像しています)。

鴨下信一氏演出の彼女のドラマは、まだ他にもたくさんTBSの蔵に眠っています。ファンが望んでいるのは、先日のテレビ東京のドラマ『炎のように』よりも、そういった彼女の出演作の再放送です。私も幾度となくTBSさんへはリクエストしていますが、なかなか実現しませんね。このブログを読み、ご賛同いただければ、是非ともTBSへのリクエストをお願いいたします。

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追記

2013年10月に、大原麗子さん主演の連続ドラマ『たとえば、愛』がCS初放映されます。TBSへのリクエストが多ければ放映してもらえることは間違えないようです。

ご参考までに、『雑居時代』以降の大原麗子さん出演のTBS、連続ドラマをリストアップしました。

1975年、『裏切りの明日』
1977年、『乱塾時代-子育て合戦 』、『あにき』
1978年、『愛がわたしを』
1979年、『たとえば、愛』
1980年、『離婚ともだち』
1981年、『ゲンコツにくちづけ』
1982年、『さりげなく憎いやつ』、『おはよう24時間』
1983年、『擬装結婚』
1984年、『くれない族の反乱』、『優しい関係・愛のレッスン』
1986年、『となりの女』
1987年、『親子万才』
1988年、『代議士の妻たち』
1990年、91年『浮浪雲』

TBSチャンネルへのリクエストはこちら 

コメント

  1. >彼女のことをわがままという人もいたようですが、ぼくは一度も感じたことがない。

    一緒に仕事をした方のコメントには、やはり説得力がありますね。演技に妥協を許さない姿勢を、少し離れたところに居るスタッフには「わがまま」と映っていたののでしょうか。それがマスコミや一般大衆の麗子さんに対するイメージになっていったのかもしれませんね。

    山口いづみさんの表現もいいですね。
    「とても、あまえ上手で・・・」
    愛情がこもってます^^

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